【訃報】上方落語の人間国宝・桂米朝、肺炎のため亡くなる…

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7021上方落語の人間国宝 桂米朝が肺炎のため亡くなった。また一つ時代が終わった感じがするな…


人間国宝の落語家・桂米朝さん(89歳)が19日の午後7時41分に肺炎のため大阪市内の病院で亡くなったとの報道がありました。 

桂米朝さんは、6代目笑福亭松鶴、3代目桂小文枝(後の5代目桂文枝)、3代目桂春団治らと共に「上方落語四天王」として、上方落語の普及に大きく貢献し、1996年には落語家としては史上2人目の人間国宝に認定されていました。

米朝さんはここ数年、体調不良で入退院を繰り返していたということです。

 

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(以下引用)

人間国宝 桂米朝さん死去

端正な語り口で知られる上方落語の第一人者で、文化勲章を受章した人間国宝の人間国宝の桂米朝さんが、19日夜、肺炎のため亡くなりました。
89歳でした。
桂米朝さん、本名、中川清さんは、大正14年に現在の中国東北部の大連で生まれ、21歳のとき、四代目の桂米團治に弟子入りしました。
上演されなくなっていた古典落語の演目を復活させ、端正な語り口で演じるなど、上方落語の復興に力を注ぎました。
故・桂枝雀さんなど、落語界をリードする多くの弟子を育てたほか、上方の文化を伝える著作なども発表しました。
こうした功績から、平成8年、落語界では2人目となる国の重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定され、平成21年には、古典落語の分野で初めて文化勲章を受章しました。
米朝さんは体調を崩し、入院して治療を受けていましたが、19日午後7時41分に肺炎のため亡くなりました。89歳でした。

笑福亭仁鶴さん「誠に残念です」

落語家の桂米朝さんが亡くなったことについて、笑福亭仁鶴さんは「落語のネタをいくつか教えていただいて、けいこをつけていただいて、落語のことをいろいろと教えていただいた師匠です。誠に残念です。ご冥福をお祈りいたします」という談話を発表しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/
20150319/k10010021841000.html

 

桂米朝-Wikipedia

3代目桂 米朝(かつら べいちょう、1925年(大正14年)11月6日 – 2015年(平成27年)3月19日)は、旧関東州(満州)大連市生まれ、兵庫県姫路市出身の上方噺家(上方の落語家)。
本名、中川 清(なかがわ きよし)。
出囃子は『都囃子』。俳号は「八十八」(やそはち)。
現代の落語界を代表する落語家の一人で、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語の継承、復興への功績から「上方落語中興の祖」と言われている。
三代目 桂米朝
1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章受章者となる。 1979年(昭和54年)に帝塚山学院大学の非常勤講師。米朝事務所所属。尼崎市に住んだ。

語り口調は端正で上品。容姿も端麗で人気を博す。多くの弟子を育て、長男の5代目桂米團治もその一人。特に初期の弟子には月亭可朝、2代目桂枝雀、2代目桂ざこばなど自身の芸風とはかけ離れた異能派が並んでおり、かつては芸に厳しく怒鳴ったり、鉄拳なども出ることがあったが、近年は大きな包容力で一門を育て上げている。
「芸は最終的には催眠術である」が持論。お客さんを落語の世界へ引っ張り込むことを催眠術に例えている。


この訃報に対してネットでは
「ざこば号泣やろな」
「生ける伝説が逝ってしまった」
「これで上方落語界は再び暗黒時代だな」
「元々研究者なんだよね。ご冥福をお祈りします。」
「生きている米朝を見ることが出来たのは幸せだった。生の名人を見ることが出来たのだから。」
「昔の大阪の品のいい旦那衆みたいな雰囲気を残した人だったなあ… もっともっと長生きして欲しかった。 」
「90近かったのか。残念だけど大往生だな。ご冥福を」
などのコメント。

 

桂米朝さんは89歳の大往生でしたが、米朝一門として故・桂枝雀さんをはじめ、月亭可朝、桂ざこばなど著名な落語家を多数輩出した昭和の名人の訃報に悲しみの声が多く聞かれました。
20日の午前10時より、大阪市内で事務所関係者の記者会見が行われるようです。

ご冥福をお祈りします。

 

 

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